なぜ機械通訳ではなく人による通訳を利用するのか、そこにみられる人間的な理由
近年、機械翻訳や通訳アプリケーションの利用数は増加しています。通訳品質も目覚ましく向上しています。これは世界中で高まっている通訳サービスに対する需要を満たすためです。基本的な文章を翻訳するために利用されている、インターネットで利用できるGoogle翻訳はすでに誰もが使っているツールです。またLexifoneやVoiceTraなどの音声認識アプリケーションは機械翻訳に利用されます。
この技術発展は、将来起こりうるある可能性に対する懸念を引き起こしました。人による通訳は駆逐されてしまうのでしょうか。いいかえると、洗練されていく機械通訳は将来的には人による通訳を置き換えるのでしょうか。
現在の様々な状況を勘案してみると、このような事態は起こりにくいでしょう。確かに機械は人による通訳に代わって、素早く、低価格な通訳手段を提供します。機械通訳は将来的には人による翻訳および通訳に補完的なサービスを提供します。しかし、これまでの検証によると、人による翻訳は機械よりも大幅に優れているという結果が出ています。プロフェッショナルな分野における通訳サービスに対する需要に対して、ほとんどの場面で、機械通訳が十分な精度または品質のサービスを提供することは考えにくいでしょう。
機械ではなく人による通訳を選ぶ重要な理由はいくつかあります。
人は異なった言語における違いを理解します。
最初に強調すべきことは翻訳と通訳は科学ではないということです。ある言語で使われる単語が、別の言語ではどの単語に割り当てられるかという単純なケースだけを想定するべきではありません。各言語には、特有の文法、構造から派生する微妙な差異、あいまいな言葉づかいがあります。
機械翻訳はこれらの微妙な差異は見逃します。正しい意味で翻訳結果を得ることは難しいといえます。機械翻訳は文字通り正確な翻訳を目的としています。しかし異なった言語は体系に違いがあり、単語単位による逐語的な翻訳はいつでも可能なわけではありません。突き詰めれば言われた内容の大まかな近似が翻訳です。時折、何も意味をなさない内容が返ってくることがあります。Google翻訳もしくは機械翻訳システムを利用するとこのような現象は頻繁に観察できます。文法的に正しく翻訳されていることはまれです。あまり日常で使われない単語や表現を使用すると、システム自体が完全におかしくなる可能性があります。
一方、通訳のプロフェッショナルは、両方の言語を完全に使いこすよう訓練しています。通訳者は各言語の微妙な差異、表記法、伝統的な表現方法、慣用的表現を理解しています。そのため片方の言語で伝えようとする意味的表現を別の言語に対して的確に近似します。また、単語単位の逐次翻訳が適当でなければ、意味が最も近い選択肢を用いて表現します。
人は解釈ができます。しかし機械は通訳をするだけです。
言語は、実用的な目的で利用する単純な単語の集合体以上のものです。言語は感覚や感情を伝えます。文脈で使われている単語をコールドリーディングするだけでは感覚や感情を読み取れません。これは、人による通訳が、機械通訳に対して持つ優位性の1つです。人による通訳は単語や表現の行間を読み取り、さらに解釈を加えます。しかし機械翻訳ではこのような機能は十分に洗練されていません。
この優位性は複数の意味を持つ単語を解釈する際に特に重要です。文脈において言葉を正しく理解することで、正確に解釈できます。名詞や動詞として2つ以上の意味を持つ単語(例えば英語における’jam’ ‘bolt’ ‘bark’など)は、機械翻訳システムに混乱を招き、本来の意味が失われ、不正確な翻訳を生成します。
人は文脈を理解します。
機械翻訳にはもう一つの限界があります。機械翻訳では翻訳しようとしている言語以外の知識に関しては認識がありません。翻訳と通訳は特定の文脈の中で行われます。この文脈は”言われている内容”と”それをどのように伝えるか”に関係します。以下のことを心に留めておくべきです。
- 地域的または文化的規範と実践:これらは慣用句や方言について言語の使用方法に影響を及ぼします。
- 言語の時間的変化:時間経過により言葉の意味が変化し、新しい単語や表現が生まれます。人による通訳はこれらの変化に容易に適応します。
- 口調:たとえば、機械翻訳では冗談や皮肉は検出できません。
- 聴衆に合わせた通訳:例えば年齢、教育水準などがあります。
- 形式:例えば裁判所や警察など公式なものか、プロジェクトや出版物のインタビューのように非公式なものかなど違いがあります。
人はさまざまな形式、規範などを区別できます。しかし機械翻訳はそれらの区別はできません。
人はより創造的であり、表現力が豊かです。
言われている内容を近似する以上の通訳が必要になる状況は数多くあります。例えば、人の心をつかむ話や、恐ろしい体験をした人の話、素晴らしいことを思いついた人の話、会社の特定のブランドアイデンティティなどがあります。
通訳者は、感情を読み取り、話の内容をより正しく描写しイメージを表現するために、適切な言葉や表現を選択できます。また文脈が生き生きとするように適切なメタファーやしゃれを使います。物語の美しさは、機械翻訳を通じてしまうと失われる可能性が高いといえます。
人は非言語コミュニケーションを読み取ります。
いかに機械翻訳技術が正確になり洗練されても、ある分野においては実現が容易ではないでしょう。それがボディランゲージや表情のような非言語コミュニケーションです。コミュニケーションの約55%が非言語コミュニケーションといわれます。声の調子といったボーカル要素を含むと93%に増加すると推定されます。これらの多くは常に見分けられるわけではありません。しかし翻訳者や通訳者は非言語的コミュニケーションに同調できます。また認識を高めるために講座などで常に学んでいます。
意識的あるいは潜在意識の非言語的コミュニケーションの徴候を見分けることで、翻訳者はコミュニケーションに対する理解を深め、機械翻訳のレベルを超えた通訳サービスを提供します。
人は通訳依頼者と積極的に関わり合います。
通訳者は依頼者に積極的に関与できる利点があります。これは特に聞き間違いや誤解を明らかにする、あるいは誤りを正すために不可欠な対処方法です。質問により、対話が構築され、解釈の質と正確性は向上します。翻訳者はレビューと編集により最高品質の翻訳を提供します。同様に、通訳者は基準を保つためにレビューと修正が時々必要です。これは機械翻訳とは対照的です。そこでは改良や明確化のプロセスはありません。音声認識ソフトウェアは会話内容を逐次翻訳するだけです。
人は共感を示せます。
通訳者は連携して仕事をすすめます。また通訳依頼者に親しみを感じ共感を表現できます。これは難民や虐待の被害者を通訳する際にとくに重要です。このような状況では、対話を始める以前に、信頼関係を築ける実際の人の“顔”が必要です。これは機械にはありません。このような状況を理解している資格がある通訳者は、依頼者を様々な形式でサポートし、他の有用なサービスを依頼者に紹介できます。
機械による合成音声の品質は劣っています。
同時通訳では、単語が機械に入力され言われた内容を正確に解釈します。これは与えられた仕事の半分です。システムは音声を出力する必要があります。近年、合成音声は大幅に改善されました。しかし発音、声調、強調の点からみると、専門分野において受け入れられる水準ではありません。開発者は多大な努力をしています。しかしもっともすぐれた合成モデルでも、スピーチにおいておよそ60%の時間しか十分なレベルの感情を記録できませんでした。
機械翻訳は人間の多様性に対処できません。
人種の多様性をみると、今日の地球上では6,000以上の言語が使用されています。またそのなかでも1,000以上の言語が世界経済に重要な役割を持ちます。人による通訳と翻訳に代わって実用的なサービスを提供するためには、機械翻訳でもこれらの言語すべてに対応する必要があります。Google翻訳は最もよく利用されている機械翻訳サービスです。しかしこのサービスも約80言語にしか対応していません。グローバルに対応するために機械翻訳がどれほど進歩しなければいけないかが想像できます。これを念頭に置くと、人による通訳に機械翻訳が追いつくためにはまだまだ時間がかかるといえます。